Yiガオのプロフィール


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投稿日時:2017/03/20 10:23:29
更新日時:
Yiガオと書きまして、イーガオと読みます。

・SNSでは意識高い系。最近覚えた難しい言葉を使って知識人をアピールするのが得意。

・基本的に人の話を聞かない。厳密に言うと耳に通すが、興味がない内容だと頭が理解しようとしない。無理くり詰め込んだ記憶は揮発性のため一度寝る(電源が落ちる)とすっかり消えて無くなる燃費の良さ。

・アウトプットが下手。かと言えば上記のようにインプットするのも下手。

・効率を求めて一回に複数のことを同時にやろうとするが、要領が悪いので成果を上げられない(上司に何度も指摘される)。

・非常識なほどめんどくさがり屋のため一人では何もできない(技術面でなく、私生活面で)。




使用ソフト

■プログラミング
Visual Studio 2008 Professional
Visual Studio Express 2013 for Web
Visual Studio Express 2015 for Desktop

■イラスト制作
CLIP STUDIO PAINT PRO
Illustrator CS4
Photoshop Extended CS4
Shade 3D Standard

■DTM
Singer Song Writer Lite8
Soundbooth CS4
GarageBand

■ライティング
デジタル類語辞典第8版
Bookshelf Basic

■映像制作
AfterEffects CS4
Live2D




技術者としての沿革


町内にある偏差値30台の普通科高校に滑り込む


今もそうですが、頭はよくなかったです。高校についての話ですが、タイミングが良かったのか僕等が入学する頃にコース分けが導入されまして、パソコンを扱う情報コースに在籍しておりました。
そこではプログラミングでゲームを作ったり(ソースを渡されて打ち込むだけ。画像はペイントで作っていたかな)、Microsoft Officeの主要4ソフトの学習、Photoshopを触ったりしていました。もちろん普通科なので普通の高校と同じ教科も学習します。残念なことに卒業後、数年経って早々と情報コースはなくなってしまいましたが、自分としては良い経験ができたと改めて思います。

浪人中に携帯サイトを作る


大学受験に失敗し、浪人生になってしまいました。それなのに勉強を尻目に携帯ばっかり触っておりました(落ちるべくして落ちたのだろう)。携帯電話で何をやっていたのかと申しますとWebサイトを作っていました。初めてサイトを作ると誰もが最初はカラフルにしたり、無意味にテキストを右から左へ流したり、点滅させたりするじゃないですか?そうやって遊んでいました(笑)

>カラフルって?今のサイトと変わっていないような・・・

>美的センスが進化していない証拠。怠け者め。

話を続けます!Webサイトは3回ほど作っては放置してを繰り返し、4回目のサイトで本腰を入れて取り掛かります。当時は自分のパソコンなんて高価なものは持っいなかったけど、PC用のHTMLとCSSの本を買って携帯に打ち込んで、タグが反映されるか確かめながらサイトを作っていました。朝から晩まで取り憑かれたように携帯電話で総計数千行のコードを打ち込み、良いデザインが出来上がったら、携帯電話用サイトのデザインテンプレートとして公開していました。

人生を変えるゲームと出会う


夏頃に季節の風物詩であるホラーゲームがやりたくて、ガラケーであれこれ探していました。内容は見ないで最も評価が高い適当なアプリをダウンロード!タイトルは知る人ぞ知る「歪みの国のアリス」です。今はスマホで無料で遊べますよ。僕は読解力はないし、文章を読むのがすこぶる遅いのでテキストベースのアドベンチャーゲームをプレーするのは正直好きではなかったのですが、見事にハマりました!恐怖あり、笑いあり、涙ありの人間の感情を揺さぶる内容の全てが文章として、BGMとして、そしてグラフィックを通して伝わってくるのです。制作会社はナイトメアプロジェクトで当初はそこまで大きな会社ではなく、超少数精鋭で開発していました(どこで知ったんだろう。ソースはない!)。 ガラケーのアプリも含めて当時の自分はゲームってコナミやカプコンなど大手の会社でしか制作できないものだと思っていました。それが、小さな会社でもアプリを作ることができる。人を感動させる作品を作ることができると衝撃を受けていました。
そうして何を思ったのか、自分もプログラミングができるようになってゲームが作りたい。自分の考えたシナリオを世の中に公布したい。何なら作曲をして、絵なんかも描いちゃって、ナイトメアプロジェクトのような感動させる作品を作りたい!!そう強く思うようになったのです。

情報系の専門学校に入学する


勉強を疎かにして一浪しても入れなかった大学を諦め、父が専門学校の資料を持ってきました。内容はもちろん情報系の学校。プログラミングが習えるなら夢に近づけるし、高校で学んできたことのステップアップになりそう。と単純に考えたのです。
入学して即、授業でプログラミングの種類の一つであるC言語を勉強します。これが非常に難しい。分岐処理までは理解できてもループ文がよく分からない!そもそもこんな黒い画面(コンソール)に数字だけ表示させてゲームなんて作れる訳がない!パソコンのプログラミングソフトってもっとこうグラフィカルで、直感的に操作できるものをイメージしていたので面食らうのです。モチベーションはだだ下がり、周りは授業に平気で付いていくし、置いてけぼり感がどうしても否めませんでした。国家試験である基本情報に受験するも午前午後ともに全滅。しかも在学中4度も!正直IT関係向いていないのかな?って思いながらも夢をどうしても諦められませんでした。そんな時、転機が訪れます。授業の一環としてクラスメイト内でチームを組んで何か作りましょう、と言うことになったのです。僕等は4人集まって音ゲーを作ることとなるのですが、そのゲームは設計としてアドベンチャーパートとメインの音ゲーパートに分かれ、アドベンチャーパートのコーディングを僕が担当することになりました。プログラミング言語は授業で学習中の未経験に等しいJava。それでもHTMLのように画面に描画されるテキストや画像がアニメーションすることがとても面白かった。8ヶ月ほどかけて僕等はゲームを完成させ、その経験は大きな財産となりました。 プログラミングの知識はなくても、ライブラリに頼らなくてもゲームを作ることはできます。

人生を変えるソフトを手にする


ゲーム制作において大切なのは使用するソフトである。どんなソフトとハードが必要で、その将来性や方向性は自分に合っているのかを見極める。これは非常に重要なことで、僕はすぐさまゲーム制作に取り掛かろうと思ったわけではないので、どうしてもそれらを使いこなすための実用性のある知識と扱うスキルの習得に年単位で時間がかかると踏んでいました。見極めは大事。スキルの習得中に選択したソフトを運営する会社が倒産したらと考えると、そんな未来目も当てられません。そんなこんなで選んだソフトはプログラミング周りがMicrosoftが提供するVisualStudioPro(12万円)とグラフィック系統がPhotoshopなどを提供するAdobeの複数の製品がセットになったパッケージ(23万円)でした。そう物凄く高い!確かその頃は卒業まで10日を切っていて、学割が利く今が買い時だったのです。学割が利いたらこれらのソフトがいくらになるのかご存知でしょうか?・・・2つ合わせて10万円ですよ!でもバイトなんてしていなかったし、お金もない。だから自分の宝物を全て!服も靴もゲームも全部オークションで売って、友達からもお金を借りました。それでも足りなかったんです。。。だから、親に土下座して(嘘です)、卒業前にギリギリに買うことができました。ちなみに学割の利いたアカデミック版は永続的に使えて商用利用も可能です。

リーマンショックで就職難


時はリーマンショック時代、企業説明会に出ては何十社も企業のビジョンを聞いては筆記試験や面接を受けに行き落選を繰り返します。そんな僕でも内定を一つだけ獲得しました。が、どうしても自分の将来に繋がる企業ではないと判断し、親には謝りながらニートになりました。確かうちの専門学校、就職率95%とかそのくらいだったと思います。5%に入った優越感。。。冗談はさておきその頃はVisualStudioを使ってゲームのベースを作っていました。C++とWindowsAPIとDirectXの3コンボ。超難しい。僕は当時最もシェアのあるWindowsXPのブルーのウィンドウが正直ダサいと思っていましたから、自作してブラックベースのウィンドウ画面を開発し、機能の実装とデザインの試行錯誤を繰り返していました(ゲームを作らずにウィンドウから作るなんてアホかもしれません)。できたウィンドウはお世辞にも洗練されたデザインではありませんでした。そこで自分にはデザインのセンスがない!と挫折をしてプログラミングとは一旦離れて、Adobeのソフト、イラストレーターを使ってセンスを磨くために勉強していました。お金が無かったので図書館で本を借りて、自分なりに技術を落とし込んでそれによってできた成果物を積み上げていきます。勉強しながらもこのままニートではいられないと思い、就活も始めます。数少ない企業からデザインとプログラミングが両方できる環境を探して応募し、面接では作ってきたものを持ち込んで必死で自分を売り込みました。熱意が伝わったのか、内定をもらいDTPとWeb制作を手がけるお仕事を1年6ヶ月間勤めることができました。


ふぅ。かなり長くなりましたのでこの辺で。これまでに勤めた企業に関しては本当に恵まれていたと思います。ほぼ自分の将来のために役立っていますし、これからその培ってきた技術を使って色々なものを作っていけたらと思います。

そう言えば作曲についての話を書いていませんでした。それについては自伝にでもまとめようがと思います。ここまでお読みいただきありがとうございました。
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